世界の神秘(短編)
「……馬鹿な上に泣き虫な女だな。」

「まだ泣いてないわ!」



 確かに彼女は、まだ泣いていない。当に感情の沸点は越えているだろうに、そんな素振りを見せないようにと必死なのだ。

 この女の思考は分かりやすすぎて、本当に困る。どうして俺を生かそうとするんだよ。お前は永遠を手に入れたいなんて思っちゃいないんだろう。俺の道連れになんてなる必要、ないんだよ。



「……香乃花。」



 つい、温かい声を出してしまった。この女の前だと、俺は俺じゃなくなる。ヴァンパイアじゃなくて、ただの男になってしまう。穏やかな俺の声に驚いたのか、彼女はきょとんとした顔で俺を見つめてきた。



「そんなに俺に、生きて欲しいのか?」

「だってっ……ノアが居なきゃ、あたしっ……」



 あぁ、そうだな。人一倍寂しがり屋なクセに強がりなお前のことだから、涙を拭ってくれる奴が居なくなったら近所迷惑も甚だしいだろうな。そんな今にも泣きそうな顔をするなよ。ヴァンパイアなんかを――俺なんかを愛するから、こんなことになるんだよ。

 やりきれない怒りが胸に渦巻く。俺だって、お前の血を吸いたいんだよ。どんな甘美な味がするのか、どんな声を聞かせてくれるのか、知りたいんだよ。

 ――お前が俺なしじゃ生きていけなくなれば良いって、嫌でも考えてしまう。
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