腐ったこの世界で


不思議と、怒りは沸いてこなかった。貴族とはそういうものだと思っていたからかもしれない。
奴隷市場に出入りするような人間は檻に入った人間を汚らわしいものでも見るような目で見ていた。見下して、蔑んでいる。
それが当たり前だった。だから今さら見下されることに怒りも悲しみも沸いてはこない。

「素敵なドレスですのね。それも伯爵が?」
「えぇ。伯爵が何もかも手配してくださったので……」
「伯爵は優しい方ですから」

そう言ってわずかに目を細める。撒き散らされる目に見えない毒。あたしは会話の出口を見つけることもできず、ただその場に立っているしかできなかった。
悪意が他方から突き刺さる。あまりにもあからさますぎて、私は思わず笑ってしまった。

「――アリア?」
「っ、」

声が聞こえた方に首を巡らせれば手に飲み物を持った伯爵がこっちを見ていた。淑女に囲まれた私を不思議そうに見つめ、それからにっこりと笑う。

「失礼。レディの会話を邪魔してしまったみたいですね」
「いいえ、伯爵。そんなことありませんわ」

二人はお互いににっこり笑って会話している。表面上は穏やかなのに、肌寒い気がするのはなぜだろうか。
伯爵は通りがかった人に持っていた飲み物を押し付けると、さりげなく私の背後に回った。

「彼女は疲れてるようですね」
「は?」
「連れていっても?」

尋ねてるくせに伯爵はすでに歩き出してる。マーベリック伯爵令嬢は微笑むだけで何も言わなかった。
それをいいことに伯爵はどんどん歩いていく。あたしはどっと疲れを感じた。
……なんていうか、気疲れした。



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