腐ったこの世界で


マーベリック子爵令嬢は優雅なお辞儀を披露したあと、綺麗な笑みをその美しい顔に浮かべる。

「失礼ながらお名前を伺ってもよろしいかしら?」
「アリア、です」
「姓はなんておっしゃるのかしら」

おっとりと言われた言葉の意味が、最初は分からなかった。それから唐突に気づく。マーベリック子爵令嬢の意図に。
この人はあたしの素性を知っている。知っていて、問いかけているのだ。人が聞いている目の前で。
マーベリック子爵令嬢は穏やかな笑みを浮かべてあたしを見ていた。そこには悪い思惑など何も窺うことはできない。

「……知りません……」
「え? なんておっしゃったの?」
「…姓はありません。あたしは知りません」

言ったとたん、マーベリック子爵令嬢の顔が勝ち誇ったように輝いた。周りの皆さんもひそひそ話を始める。
これを狙っていたとは分かっていたが嘲笑を含んだそれらに、さすがに辟易した。マーベリック子爵令嬢は困った顔をしながら話を続ける。

「まぁ……。そうでしたの。よっぽどの事情がおありなんでしょうね」

もったいぶった言い方に、思わず笑ってしまった。白々しい。この空気を作り出したのはあなたなのに。こうなることはわかっていたはず。
周りの目は不可解そうにあたしを見てる。やがてそれは不快なものを見るような目付きになった。

――そうか。これが貴族社会か。

選民意識とでもいうのだろうか。きっとあたしみたいな人間は下等な存在だと思っているのだろう。
少なくとも、マーベリック子爵令嬢はそうだ。あの人の目は完全にあたしを見下している。


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