腐ったこの世界で


伯爵がまっすぐにあたしを見る。その目は真剣で、だからあたしは逸らすことができなかった。
伯爵の手が冷たく強張るあたしの手を握る。その優しい温もりに、涙腺が少し緩んだ。

「君にとって少しでも助けになればいいと勉学をさせた。マナーのレッスンもダンスも」
「え…?」
「社会に出る足掛かりとして、舞踏会にも連れていった。そこで築き上げた人脈は、必ず君の人生を豊かにすると思ったから」

知らなかった。そんな思いがあったなんて。伯爵には伯爵なりの考えがあったんだ。
素直に驚くあたしに、伯爵は苦笑しながら「でも、」と続ける。指先があたしの甲を撫でた。

「そんなのは建て前」
「え?」
「本当は見せびらかしたかったんだ。君をね」

そう言って伯爵は鮮やかに笑う。あたしは意味を図りかね、その意味がわかったとき、

「っ!?」

思いっきり赤面した。魚が水面に顔を出したときのように、口をパクパクしたまま何も言えない。そんなあたしを伯爵は至極楽しそうに見ていた。

「あんまりにも可愛いから舞踏会に連れていきたくなくなった」
「……からかわないでください」
「本気なのに」

本当かどうか分からないが、そんなことを囁く伯爵から目を逸らす。なんだか伯爵にうまく丸め込まれたような気がするのは気のせいかな。

「ね、僕のためと思って一緒に行こう?」
「……そんな言い方、ずるい」

退けないって分かっていてそうゆうことを言うんだもん。正直かなり気が重かったが、頷いたら伯爵は晴れやかに笑った。


< 104 / 117 >

この作品をシェア

pagetop