白いかけら
 「いい声してるね」
歌い終わると、彼女はいつものようにニッコリ笑った。
 俺は、頬をかきながら素っ気なく言う。
「そうか?」
「そうだよ」
彼女は、ぴょんと俺の前まで来た。そして俺の手を取って、嬉しそうに俺を見た。
「私、人と一緒に歌うの好きなの」
彼女はうつむき、顔を赤くした。
「一番、君と歌うのが好き」
ぼそぼそと小声で彼女が言うのを、俺は聞こえてしまった。
 聞こえてしまったから、顔が赤くなった。
 彼女は、パッと突然顔をあげた。
 そのせいで、俺は赤い顔を隠す暇がなかった。そのせいで顔が、ますます赤くなった。
「?顔、赤いよ?」
「なんでもない。見間違いじゃないのか」
俺はそう言って、顔を見られまいとそっぽを向いた。
 彼女のクスクスという、忍び笑いが聞こえてますます顔が赤くなる。
 彼女は俺の手を握ったまま、走り出した。
 突然の行動で、俺は完全にバランスを崩して倒れ込んだ。
 雪のおかげで、痛みは少なかった。代わりに、下に雪じゃない物の感触があった。
「重いよ~」
下で何かが呻いたと思ったら、彼女だった。
 俺は、慌ててそこを退いた。
 すると、彼女は雪の上で大の字になり笑った。
 アハハと、声を上げて楽しそうに笑った。
 俺はわけがわからず、尻餅をついたように手をついた形できょとんとしていた。
 が、彼女の笑い声につられて、俺も何が面白いのかわからないまま、声を上げて笑った。
 しばらく、白い世界に2人の笑い声が響き渡った。
 その笑い声を遮ったのは、空腹を訴えるお腹の声だった。
「お腹、空いたね」
「朝、食べてないからな」
彼女はスカートの裾を蝶のようにひらめかせて、立ち上がった。
 そして、俺に手を差し出した。
 雪に反射した光のせいか、天使のように眩しく見えて。
「家に帰ろ」
俺は、あぁと上の空で答えた。
 俺が、なかなか彼女に手を差し出さないのがもどかしくなったのか、腰を曲げて雪の上の俺の手を取った。
 俺は彼女に引っ張られるがままに、立ち上がり前屈みのまま走った。
 その時も彼女は、笑っていた。しかし俺は、他に気をとられ笑えなかった。
 あたりまえなことなのに、俺は感動をした。
 手のぬくもりが、彼女にはあった。彼女をぬくもりが、感じられた。
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