駆け抜けた少女【完】
藤堂が試衛館(近藤が江戸で営んでいた剣術道場)の世話になり出した時には既にお華はいた。
太陽のように明るい笑顔と温もりに満ちた空気を持っていた自分よりも幼い少女。
ツネの手伝いをする中で、藤堂たち食客達の世話も嫌な顔一つ見せずやってくれていた少女。
お華は美少女と評判だったために、その噂を聞きつけ道場破りにくる浅はかな考えを持った輩も現れたが、藤堂達がこてんぱんに返り討ちにしていた時期もあった。
「懐かしいなあ……」
あの頃はただ剣術の腕を上げ、仲間と共に修行し遊びの毎日で今のようないつ命を落とすからわからない生活でもなかった。
「謙虚な子でさ、一緒に甘味処に行こうって誘うんだけど頑張ってる僕達と違って自分は当たり前の世話をしているだけだからって遠慮すんの。 だけど当たり前って、僕達みたいな食客の世話までして毎日大変だったはずなんだよね…」
なのに、いつも笑顔で世話をやく少女に誰もが感謝していた。
「皆さん、そのお華さんのこと大切だったんですね」
語る藤堂の目を見ればいかにお華が大切にされていたかわる。
そんな人物と自分が似てるなんて。
「会ってみたいです。今はどちらにいるんですか?」
もし会えたら、この時代に来て初めての女子と会え、あわよくば仲良くしてほしいと願う。
彼らがそんなに良い子と言うんだから、見知らぬ自分にも優しく接してくれるかもしれない。
同じ女子で気楽に話せる人がいないと、何かと不便だろうとも考えた。
だが矢央の素朴な疑問に藤堂は眉を寄せる。
どうしてそんな悲痛な表情を浮かべるのか、この時の矢央にはわかるはずもない。
平和な時代を生きていた矢央だからこそ、彼女が既に存在しない者として語られていたなど露に程思わないのだ。