だから、君に
駅前のロータリーから伸びるいくつかの通り。

その一つ、西側の細い通りは、いわゆる夜の店が並んだ、くすぶった空気の充満した地帯だ。

足を踏み入れたことのないその通りに、何気なく目をやる。

ネオンがちかちかと店名を主張する。目を反らそうとして、どこかで知った顔を見つけた。

「……根岸?」

思わず呟く。

いつもと同じふちのはっきりした眼鏡をかけ、制服の上にブルゾンを羽織った彼は、通りに面した店前で、誰かと言い争っているようだった。

何やってんだ、あいつ。

一歩踏み出そうとして、思い止まる。

口論の相手らしき人間は、まだ年若い女性だった。


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