だから、君に
「なんでそう思うの?あ、それまだ使うから置いといて」

教師用の紙が張られた染色液を準備室に運ぼうとする麻生に声をかける。

彼女は自分の手元を見て、教卓の上に染色液を置いた。

「だ腺染色体の観察なんて、つまらないんでしょうか」

授業中に回収されたレポート用紙をまとめながら、麻生が少し不満そうに言った。

「だ腺染色体、なぁ。ユスリカの幼虫、気持ち悪いしな」

「それにしてもみんなやる気ないですよ。荒川くんなんてずっと寝てばっか、私のレポート丸写しですよ」

確かにな、と僕は苦笑いを浮かべる。

荒川は夏の地区大会に向けて、野球部の練習に打ち込んでいる。
その疲れもあるのか、決してもともと授業態度がいいとは言えなかったが、三年に入ってからは彼が机から顔を離しているところをほとんど見ない。

高校時代に何かに打ち込むというのは大事なことだ。

もちろん、できれば生物の授業にもきちんと打ち込んでほしいのだが。

「先生が注意なさらないのにも問題はあります」

麻生は頬を少し膨らませたまま続けた。


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