だから、君に
麻生は薄く微笑みながら、前の席の彼女の話に頷いてみせた。
ふと目が合うと、僕を冷ややかな視線で射ぬく。

なんだよ、と目で問うと、彼女の口元がぱくぱくと小さく動いた。

何を言っているかわからず首を傾げると、麻生はついと視線を逸らした。

「……じゃ、今日はこれで終わり。根岸、号令」

根岸のきりっとした声が教室に響き、ばらばらと生徒が散っていく。

日誌やチョーク類をまとめていると、パタパタと音を立てながら、いつもなら真っ先に教室を出る荒川が寄ってきた。

「先生、面談なんすけど」

僕より少し上の目線から、腰を屈めるようにして荒川が言った。

「あれ、昼休みにできないっすかね、放課後じゃなくて」

「昼休み?」

「はい、野球部の練習があるんで、できれば」

ふむ、と僕は荒川の細い目を見返しながら、少し考えた。

昼休みでも何ら問題はない。むしろ、しっかり時間をとって話ができるほうがよっぽどいい。いいのだが。


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