だから、君に
ガラ、と錆び付いたような音がして、入口から荒川が顔を覗かせた。

「あ、先生」

浅黒い顔を怪訝そうにしかめながら、麻生にちらりと視線を投げたあと、気遣わしげに僕を見た。

「あぁ、ごめん。面談、始めよう」

「はい」

荒川と入れ代わるように、麻生がドアのほうへ向かう。
すれ違いざま何か言葉を交わして、麻生は少し肩を揺らしたけれど、何を言ったのかは聞き取れなかった。

「何、どうしたの」

向かい合うよう席に促しながら、僕は何気ない風を装って荒川に尋ねた。

「いえ、根岸がぼっちで飯食べてる、って伝えただけです」

「そう」

麻生の背中が弾んでいるように見えたのはそのせいか、それとも僕の後付けか。

靄のように浮かんだ僅かな不快感を振り払おうとして、僕は思わず舌打ちしそうになった。

何に腹を立てているというのか。馬鹿げている。

荒川の向かいに腰掛け資料を手にとったとき、不意に麻生の言葉が蘇った。

タマゴは食べられたくなかっただろう。

食べられるとわかっていたら、ゆで卵になれないとわかっていたら、生まれてくることを拒んだだろうか。

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