境界

理想化からこき下ろし

 それから一週間後

「中谷先輩なんて、最低。」

「いきなりどうしたんだ?
この前まで、中谷先輩に憧れるって、
絶賛していたじゃないか?」

「昨日、中谷先輩に褒めてもらおうと思って、
取引先への提案書を作成して見せたら、ダメ出しされたんだよ。」

「それだけのこと?」

「それだけって言うけど、一生懸命作ったんだよ。」

「たとえ一生懸命にやったとしても、出来映えがよくなかったら、当然使えないよ。
ところで、どんなところが悪かったの?」

「見積り金額の数字が少し間違ってたり、文字ばかりでビジュアル的にインパクトがなかったり…。
大して問題がないところばかり。」

「大問題だよ。見積りの金額が間違っているなんて。」

「千円だけだよ。」

「金額の大小の問題じゃないよ。たとえ一円でも間違ったらだめだよ。
見積り金額というのは、会社の信用にかかわることだよ。」

「それはわかるけど…。間違っているところだけを指摘するんじゃなくて、
提案書を作成した行為そのものを褒めてくれたらいいのに。
今まで中谷先輩を尊敬していた自分がバカだったわ。」

「そこまで思うことはないだろう。」

「明日、みんなに言いふらしてやる。
中谷先輩という人は、後輩のした仕事にケチばかりつけていじめるって。」

「ちょっと待てよ。おかしいよ。なんで、そんなふうに考えるの?
昨日までは、中谷先輩は、何を聞いてもすぐ答えてくれるし、頭もきれるし、
あんな人になりたいって言ってたじゃないか。」

「今回のことは、どうしても納得がいかない。
あんな先輩だとは思わなかった。幻滅したわ。」

 理想化から、一転してこき下ろす。
 この行動も境界型人格障害の典型的な症状である。

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