恋口の切りかた
「遊水には何か……口にできぬような素性があるのだろう?」


鳥英は、俺にすがりついたまま言った。


「私は怖いのだよ、円士郎殿。

私が素性を明かさなければ、彼もまた自分の素性を明かす必要には駆られない。何の負い目もなく、我々は対等な立場でいられる。

しかしもしも、遊水に私の素性を告げてしまえば──素性を明かせぬ彼は──私の前から消えてしまうのではないか?
……そう思ってしまうのだ」

「──そのほうが互いのためかもしれねえ」

「な──……そうかもな」


腕の中からは、苦笑しているような気配が伝わってきて、


「はあ……いっそ忘れられたら、楽なのにな」


ため息と共に鳥英はそんな言葉を漏らした。


「俺が忘れさせてやろうか」


俺は小さく笑って、彼女の耳元に唇を寄せて囁いた。


「何なら俺にしとけよ」


それは


無論、冗談めかして口にした言葉で


「馬鹿者。何を言っているのだ貴様は」などと、軽く笑いながら鳥英が返してくる。


俺はそう思っていたのだが──



びくりと、腕の中で彼女の体が震えた。



「本気で──言ってるのか?」

「……えっ?」
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