恋口の切りかた
──いや。

それは確かに人間の顔ではあった。


だが


あちこち歯が抜け落ち、

大きく変形した顎の

その素顔は、まるで──



「黄燐の毒か」と、険しい顔つきで男に視線を送って、鬼之介が言った。



「……毒だと?」

俺は鬼之介を振り返った。

「『月読』に使われていた黄燐にはな、製造の過程で発生する気体となった状態のものを長期に渡って吸入しつづけると、

顎の骨が壊死し、
脱落し、
膿が溜まり、

最終的には死に至るのだそうだ。

ボクに黄燐の知識をもたらした男が、教えてくれた。
今より百年の先の世では無知なまま発火器として使用され、製造に携わった罪もない者たちの間に深刻な被害(*)が出ることになるのだとな」



鬼之介の話と、目の前に立つ男の顔から、

俺は宗助から聞かされた人形斎の末路を思い出した。


「まさか、変死した人形斎も……」

「ソウだヨ」


歯の抜け落ちた口が、聞き取りづらい言葉を紡いだ。



「センセイも、マタ、このゲツドクの、ドクにむしばまレテ、しんダ」



(*黄燐の深刻な被害:臨床写真が見つからなかったため、作中の顔の見た目についての表現はこの症状の文書資料からの想像であり、あくまでフィクションであることに注意してほしい。

だが幕末の頃、ヨーロッパでマッチの頭に使用された黄燐は、実際にマッチ工場で働く労働者たちに劣悪な労働環境に加えPhossy jaw=燐顎と呼ばれるこの被害をもたらし、日本でも被害が起きた。
その後マッチには、無害な赤燐が使用されるようになったが、無知が生んだ科学技術の繰り返してはならない暗黒の歴史の一つ)
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