恋口の切りかた

 【円】

夜道で、その男はやたらと青白い顔で俺に話しかけてきた。
明日は満月という、よく晴れた月の明るい晩だった。

「結城円士郎様でございますね?」

悪評が知れ渡っている自覚はあったから、初対面の相手に名を呼ばれても別段変な気はしなかったのだが──

お前は誰かと聞くと、男は「あっしを覚えてねえんで?」と不安げに言う。

商家の下働きか何か──ヒゲは伸び放題で髷も乱れた、町人風の男だった。

会うのは初めてだと告げると、男はやはり青い顔のまま、実はこの前の満月の晩に俺と会って話をしているなどと言い出した。

俺にはそんな記憶はなかったから、人違いなんじゃねえのかと言ってやったのだが……そんなはずはありやせん、あなた様に間違いねえとその一点張りだ。

じゃあ、どんな風に会ってどんな話をしたのかと訊くと、男は奇妙な話をし始めた。


彼は前の満月の晩、この道で野辺送りに遭遇したらしい。

つまり土葬のために棺を運ぶ葬式の行列だな。

誰が死んだのだろうかと思いながら葬送の行列を眺めて、ふと、夜道に立ってその野辺送りを同じように眺めている若い侍を見つけた。

その侍は、「ああ、あんたか」と男を知っている口振りで話しかけてきて、男が、はて、御武家様はどなたでしょう、お会いするのは初めてのはずですがと言うと、意味深長な苦笑を浮かべた。

俺は結城円士郎と言う者だが、昨日の晩、夜道で無礼を働いてきたどこどこのナニガシという町人をこの道で斬って、今はその男の葬式が行われているところだと──その侍はそう語ったのだそうだ。

男はたまげて、そんな馬鹿なと思った。

そんなはずはございやせん。
御武家様が斬ったというどこどこのナニガシ──それはこのあっしの名前でございます。
ほれこの通り生きてござりますと、笑いながら侍に説明すると……

若い侍は野辺送りを見つめながらこう言ったのだという。


「そうだな。だから次の満月の晩、この道で俺には話しかけるな」
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