揺れる、山茶花
「…我慢は体に良くないって、誰かが言ってたよ」
耳朶に囁かれて、やっと正気に戻る。
私は赤鼻を振り払い立ち上がって、逃げた。
塩水が相変わらず頬を流れ落ちるけど構いやしない。
(…馬鹿、私の馬鹿)
見ず知らずの子供の、それでも充分な男に隙を見せたりして。
なんだかもう、何もかもめちゃくちゃだ。
頭の中が混沌として、ただひたすら、無我夢中で家路に着く。
山茶花の嫌味のない香りが鼻先でずっとくすぶって。
あぁまるで、纏わりつくようだ。
綺麗な花の、醜い私の、真っ黒な匂い。
「あーあ…行っちゃった」
取り残された赤鼻の青年は、小さく山茶花に囁いた。
ゆうるりと湿る草原に、そっと手を添えて。