想うのはあなたひとり―彼岸花―
奈月と過ごした時間はほんのわずかだった。
でもそんなわずかな時間だったけれど大切な時間となった。
奈月の笑顔を見るたび俺は幸せになる。
俺のすべてが奈月だった。
こうなる前に奈月に気持ちを伝えておくべきだったのに。
後悔ばかりが押し寄せる。
新しい学校では口数の少ない生徒を演じた。
俺に関わる人間はいなくなるのではと勝手に思っていたから。
でも弘樹だけは違った。
「俺に関わると死ぬよ」と言ったら「俺、図太いから」と返された。
弘樹は俺の事情を一度も聞いたことがない。
次第に弘樹の存在が大きくなっていった。
そして天城高校の合格が決まり、俺はS町に引っ越した。
クリスタルマンション906号室。
俺さ、まさかと思ったんだ。
隣の住人が奈月にそっくりで。入学する3日前に気づき名前を調べたら、奈月ではなかった。
花本妃菜子。
俺は奈月の影ばかりを追っていた。
奈月は最後に“またね”と言ったから。
“また”がありそうで。
でも奈月は夢ばかりに出てくるけれど現実には現れないのだ。
いつも空を見上げて奈月を想っている。
「…奈月、好きだよ…」
やっと言えた言葉は、風にのって消えていくんだ。