蝉時雨
透さんは嬉しそうに頷いていて、私まで嬉しくなって、忘れてしまうところだった。

透さんはこの世に存在しないって事。


それでも、目の前の透さんが徐々に薄れている気がして…そんな気がして‥‥



「透さん?」


透さんが、ふと呟いた言葉を伝えようと口を開きかけたら、透さんに腕を掴まれた。

視線を向けると、首を振っている透さんが目に入る。


「唄さん、あなたに出会えてよかった。あなたがいたから、また真夏に会えた。きっと、あなたにも素敵な恋が出来ますよ。」

「えっ…!?」

「真夏に伝えて下さい。“さようなら”と。」


ふわりと笑って優しく紡がれた言葉は、あまりにも簡潔で寂しく思えた。


「透さんっ!!」


その言葉と徐々に薄れていくその姿に、もうこの世にはいられないんだろうと理解した。


「さよなら。」

「っ真夏さん!?」


少しも寂しさや悲しみを感じさせない笑顔で、透さんに最後の言葉をかけた真夏さんは、私の様子からその時を悟ったようだった。

真夏さんの顔を見て微笑んで、透さんは消えてしまった。


「‥‥‥そんな‥」


目の前で消えた透を見送った唄は、その場にへたり込んでしまった。
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