蝉時雨
唄はその場に座り込み、俯いたまま動けなかった。

その目からこぼれる涙がコンクリートの地面に落ちては滲む。


「…唄ちゃん。ね、顔を上げて?」


唄の目の前にしゃがみ込んで視線を合わせる真夏。唄の肩に手を置いて、そう促した。


「‥‥すみません。」


唄はゆっくりと顔を上げて真夏に謝った。


「何で謝るの、謝まらなきゃならない事なんてしてないでしょ。ありがとね、唄ちゃん。」

「私は何も…。」

「唄ちゃん、あなたに出会えてよかったわ。あなたがいたから、また透に会えた。」

「…。」


透さんと全く同じ事を言う真夏さん。


「ひどいよね、急に現れて急にいっちゃうんだから。…私も愛してるって伝えそびれちゃった。」

ふふって肩を竦めて笑うその笑顔がまぶしくて…

透さんに止められて伝えられたなかった言葉は、ちゃんと届いていて…



あぁ、恋がしたいと思った。二人のような素敵な恋がしたいと。


―ミーンミンミン…

ジージージー‥‥


「…心地いい唄ね。」

「はい。」



真夏さんの言葉に頷いた。


だって、ほら…

あなたのおかげで蝉の音が好きになった。
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