キミは聞こえる
 誰だろうと思い佳乃の見つめる先へ視線を向ける。
 颯爽と道路を駆ける自転車が一台見えた。自転車のカゴにはスポーツバッグがおさまっている。格好も上下ジャージーだ。しかし学校指定の体操着ではない。

(でもあのジャージー、どっかで見たことあるなぁ)
「サッカー部の練習、今日は午前中だけだったのかな」
「ああそうか、サッカー部のジャージーだ」

 桐野がよく着ているものだ。三年生になるまではよっぽど部員が少ない部活以外は教室で着替えなければならないという規則があるためさまざまな部活のジャージーを見る機会があるのだ。こんがらがってしまう。はなから覚える気のない泉ならなおのことだ。

「あれ、あの人この間教室に来てた人じゃない?」
「この間? ああ代谷さんを撮った日のことだよね。うん、そうだよ。あのとき桐野君を迎えに来た生徒。小野寺淳(あつし)君。隣のクラスだよ」
「ふーん」

 相づちを打ちながらちらりと佳乃に横目を向けると、彼女の横顔がそれまでとどこか違って泉の目に映った。
 惚けているというか、一点集中! というか、妙な雰囲気が漂っている。

「ずいぶん大人びた顔」
「それに背も高いし、声も低めだし、顔だけじゃなくて全体的に大人! って感じだよね」

 高一のくせにずいぶん老けてるよね、という意味で言ったのだが、佳乃の返答は泉の発言と大きくずれていた。

(別に…褒めたつもりはないんだけどな)

 と思いながらコップの底の水をずずずとすすっていると、自転車がすぐそこまで近づいてきた。あのときよりいっそう焼けた気がする。

 角を曲がり、泉たちがいる中森商店のほうへと自転車はさらに進む。表情がはっきりと見えるくらいにまで小野寺少年が近づいてくると、とっさに佳乃が下を向き、空になったはずの紙コップを再び持ち上げストローをいじりはじめた。

 なにやってんの、そう突っ込もうとした、そのとき。

「―――栗原、桐野こっち来なかった。あ、設楽の」

 泉と目が合うなり小野寺はそう言った。
 むっとする。
 なんだその腐れた形容詞は。設楽のなんだ。なんでもないってんだ!

 呼ばれ方が納得いかない泉はふて腐れることにした。無言で小さく頭を下げる。
 しかし小野寺は泉の不満などまるで気づいてはいないようだった。
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