キミは聞こえる

四章-5

(栗原と話してたのかな…それとも別のやつ…?)

 代谷に電話を切られた後、肝心なことを言うのを忘れていたと気づいた桐野はもう一度携帯を手に取った――

 ものの、話し中。

 三度かけたら三度とも話し中で、それでもやっぱりもう一度話がしたくて電話をかけたら、四度目は話し中ではなかった。

 今度は電源自体が切られていた。

 こんな時間にあいつが電波の届かないところに行くとは思えないから、家にはいるのだろう。
 勉強熱心、ってことなんだろうな。

 風呂上がり、濡れた髪をタオルで拭いながら階段を上る。

 さすがに代谷家の家電にかける勇気はない。もう十一時を回っている。

 康士に入れと伝えて部屋の戸を引く。
 と、携帯が光っていた。
 誰だろう。留守電も残っている。

 何気なく開いて、思わず息を呑んだ。


 代谷泉。


 危うく携帯を取り落としそうになった。
 がしっと強く握り直して、ぶるぶる震える指先で留守電を選択する。

「新しいメッセージが一件、あります」

 ちんたら話す機械音声が焦れったい。
 早く、早く。
 貧乏揺すりを繰り返して、声を待つ。

 廊下を歩く康士の足音が桐野の部屋の前を通り過ぎたとき、ようやく代谷の声に切り替わった。

[ずっと、話し中だったから、留守電に入れておきます。浴衣のこと……ピンクで、大丈夫だって]

 ちゃんと確かめてくれたのだ。自分の好みに合わせてくれたのだ。
 そう思ったら、飛び上がりたくなるほど嬉しくなった。

[あと、その……小野寺君のことだけど……]

 息を詰めて耳を澄ませる。

[小野寺君のこと、いろいろ考えてるのは私じゃないから。彼のこと、どう思うとか以前に、本人と一度も話したことないし。……夜遅くにごめんなさい。それじゃ。―――メッセージは以上です。このメッセージを保存しますか、保存するば]

 アナウンスを途中で切って留守電がいつかかってきたのかを確認する。十時五六分。ついさっきだ。

 時計を確認する。
 もしかすると、もう寝ているかも知れない。
 けれど、まだセーフかも知れない。

 一か八か、桐野は思い切って電話をかけた。

 コールが一回、二回目を鳴り終える前に、音は途切れた。
< 380 / 586 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop