キミは聞こえる
 しつこく残る女の声、煙の香。

 桐野母と別れてからもなくなることのないどろどろとした思い。

 誰に当たることも出来ない不燃焼の怒りを唾と共に腹の底へ押し込んだ。

 そのとき、またしても泉の頭を揺るがす烈しい感情があった。

 今度は、声はなかった。

 とはいえ胸がざわりとする感覚は慣れるものではない。

 立ち止まり、あたりを見回す。

 パンッ、と音がした。視線を落とす。

(……桐野、くん?)

 鈴分橋の下に人影が見える。

 目を凝らすと、見慣れたクセっ毛がふわふわと揺れている。
 ジャージーの上着が脱ぎ捨てられ、その上に携帯とウォークマンが置いてあった。

 橋の柱にぶつかったボールが跳ね返り、桐野の足に戻る。練習中のようだ。

 特に話す用もないし、邪魔をするのも悪いだろうとそのまま通り過ぎようとしたところで―――

「代谷!」

 呼び止められた。

「無視するな!」

 ……していない。
 ちゃんと止まったのに、なぜ怒る。

「気づいてたの?」

 近くにあった階段を踏み外さないよう一段一段確実に踏みしめて下りていく。

 慣れない階段をヒールで下りるのは苦労する。

 ふいに目の前に手を差し出されて、これはなんだと、髪を耳に引っかけるように押さえながら顔を上げる。

 と、見上げる桐野と思いがけず近い距離で目が合い、またしても馴染みのない音が胸の奥に落っこちた。

 意味もなく息を吸い込む。

「掴まれよ」
「え?」
「女ってよくそんな高いの履いて歩けるよな。ほら」
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