キミは聞こえる
 代谷が所有する土地は、現在代谷本家が建っている塀に囲まれた敷地だけではないという。

 道路拡張や新興住宅建設に伴いあらかたを県に売り渡したため残っている分はほとんどないが、ほとんどと言ってもゼロに等しいと言うほどのものではなく、

 代谷家にほど近いアパート、マンションの所有権はほぼすべてにおいて代谷本家に帰属し、美遥の夫、つまり友香の父は日頃役所職員でありながら、入居者すべての家賃など金銭諸々に関する仕事を一任されている

 ―――ということを、なぜか泉は代谷の者ではなく、桐野の母から教わった。

 理事長を務めながら地主でもあるとは………いやはや、田舎とはいえ、ざくざく金が入るわけである。

 それゆえのこの豪邸というわけだ。

 桐野母に頂戴した野菜を美遥に渡した後、泉は友香の用意してくれた真っ黒防災リュックを背負ってふたたび初夏の陽気漂う外へと踏み出した。


(あの女が曲がった角は橋の先だったはず)

 鈴分橋を通り過ぎると一面の果樹畑が続く。

 畑に挟まれる少し手前に、細い脇道が川沿いに延びる道から垂直に続いていることを泉は知っている。

 無論、必要性がないので通ったことはないのだが、おそらく女はその道へ続く角を曲がり、家へ向かった。


 ……上川婦人になにかしたいわけじゃない。


 泉は、ただ知りたかったのだ。

 翔吾の心に響かせるなにか

 ―――彼の心の海に波を起こすきっかけになりそうなものはないだろうかと。

 彼の好きだったもの、得意だったこと、なんでもいい。
 どんなに小さいことでも、彼の気を引くようななにかはないものか。

 ……もちろん、一言言ってやりたい気持ちも、くすぶる拳を食らわせたい気持ちも確かにある。

 あるが、そんなことをすれば代谷の家に迷惑がかかるし、自分自身に面倒が降りかかる。

 ここは我慢、抑えどころだ。
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