キミは聞こえる

五章-2

 学年朝会がどうやら終わったらしい。あたりがざわざわしている。

 泉は抱えた膝から頭をのそりと上げると、重たげに瞬きを繰り返した。

 栄美にいた頃から思っていることだが、学校というものは何故、なんとか先生のお話というくだらない時間を設けているのだろう。

 それでなくても近頃の子供は授業時間が足りないと嘆かれる昨今、職場でないにも関わらず目上の者からさしてありがたくもない話をだらだらと聞かされなければならないのはどうしてか、泉はいまだわからずにいる。

(こういうのを時間の無駄って言うんだよ)

 足を崩し、周りに遅れてのろのろと立ち上がる。
 
「どうしたんすか、スーツなんてめずらしい。一張羅っすか」
「馬鹿にすんなよ。社会人らしくそれなりには持ってんだ。着ないだけで」

 普段ジャージーの担任安田が苦しそうにネクタイをいじりながら桐野と会話をしている。

 思えば彼がスーツを着ているのを見たのは、入学式と授業参観の2日だけだ。

 スーツを着ると自然男ぶりが上がると言うが、ノリの利いたジャケットはどうにも彼と馴染んでおらず、着こなしているとはお世辞にも言えない――

 むしろ、人が衣服になめられているという感じで不自然だった。

 つまりは、似合っていないということだ。

「ネクタイ、ずいぶん窮屈そうっすね。日頃してないからそうなるんですよ」
「だろうなぁ…最近っつったら親戚の法事で一回締めただけだからよぉ、久々でどうにも感覚が掴めなくて……ってこら、やっぱり馬鹿にしてんじゃねぇか」
「自分でもバカ言っちゃってんじゃないっすか。大丈夫ですよ、ちゃんとそれなりに似合ってますから」
「おいこら、心がまるでこもってないぞ。それなりとはなんだそれなりとは」

 くだらないやり取りが泉の意識をふたたび夢の世界へと誘う。

 立ち上がったはいいがなかなか教室へ戻ろうとしないざわめきの中、ゆらゆらと泉は立ったまま船を漕ぎ始めた。

 そのときである。

「すっげぇ! あいつ、また一番だぜ」
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