天空のエトランゼ〜赤の王編〜
少し和んだ車内。良い意味で、みんなの緊張が解けた。

ただ1人…真由を除いて。

輝が、緑の後にさやかにグーで殴られている様子が、後ろのバスからも見えた。

「何をやってるのか…」

前と違い、ずっと静かな雰囲気の後方のバス。

美亜に化けているアルテミアは、出発してから、ずっと窓の外を見ていた。

九鬼は目を瞑り、呼吸を整えていた。

バスは、山への入り口であるトンネルに突入した。

長いトンネルを、5分くらい走ると、完全に魔物のテリトリーに入る。


「!!」

トンネルの途中で突然、九鬼が目を開けた。

アルテミアは口元を緩め、前のバスにいたカレンと浩也が顔を上げた。

「お前は、ここにいろ」

カレンは、隣に座る浩也にそう言うと、左側にある窓を開けた。

「山本さん?」

前田は、カレンの方を見た。

トンネル内で窓を開けた為に、凄まじい風が、車内に飛び込んできた。

生徒達の髪が乱れ、一瞬だけパニックになった。

その隙に、カレンは窓の上を掴み、

「フン!」

気合いと共に回転して、バスの屋根に着地した。

バスを包むように後ろに流れる突風に、立つことができなかった。

腰を屈めて、髪を靡かせながら、カレンは前方を睨む。

空気にぶつかりながら、カレンは首にかけたペンダントに、手をかけた。

その後ろのバスでは、同じように黒髪を靡かせながら、九鬼が屋根にしがみついていた。

(いくぞ!)

2人がほぼ同時に、全身に力を込めた時、バスはトンネルを抜けた。

目の前に広がるのは、山の側面に添うように続いていく山道だった。

「崖?」

真由の向こうの窓から見えるのは、五十メートルくらい下を流れる川だった。

どうやら、バスはなだらかに坂道を登って来たようだった。

トンネルを抜けてのあまりにも変わった風景に、驚いている暇は、生徒達にはなかった。

「キイキイ!」

猿の体に、灰色の翼を生やした魔物が輝の見ている窓の向こうに、上から顔を覗かせた。

いや、覗いた訳ではなかった。

下半身を切り裂かれた魔物が、落ちてきたのだ。
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