ことばにできない
「去年の秋に結婚するまで、敏哉が使ってたんだけど」

そう言って専務が私に貸してくれた部屋は、店長の部屋の隣だった。

「コイツがもし忍び込んだりしたら、大声あげてちょうだい」

「そんなこと、しねぇよ」
店長がムキになって否定し、私も、

「まさか、店長さんがそんな…」と笑ってごまかした。



でも、その時の私は、何て卑屈だったのだろう…



専務がリビングに戻るのを待って、私は店長の腕をとって、耳元で囁いた。




「いいんですよ、好きにしてくれて」





かつて都内で根を持たずに暮らしていたとき、これをやれば必ず男の顔が緩んだ、上目遣いの甘え顔。


擦り寄る私の顔を凝視した店長は、
「バカか、お前。さっさと寝ろよ」
と言うと、自分の部屋に入り、ドアを閉めた。






恥ずかしかった…






与えられた部屋に入り、私は声を殺して泣いた。




 
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