ペアリングを外して

「会いたい」

 理由は何も語らず、ただ一言そう漏らす。

「ごめん。明日は彼女の方と約束があるんだ」

 痛む胸を抑えてそう言うと、三村は小さく笑った。

「そっか、ごめんね」

 だから、謝るなよ。

 無理して笑うなよ。

 こいつは昔から、強がる癖があった。

「なあ、何があったかだけでも聞かせてくんねぇ?」

「ううん、いいの。何でもないから気にしないで」

 しつこく聞くのもおかしいし、その時はこれで電話を切った。



 しかしそれからというもの、落ち着かない。

 モヤモヤは寝ても覚めても消えることはなく、とうとう仕事にまで支障をきたしているというわけだ。

「あー、もう」

 モヤモヤは鼻の奥辺りを中心に全身へと広がり、俺の思考回路をどんどん破壊していく。

 来週までに仕上げなきゃいけない資料だってあるのに、このモヤモヤを抱えたままでは完成させる自信がない。


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