俺が大人になった冬
「母から、あなたにお礼をするように言われて。少し会えませんか?」

「お礼なんて。私はなにもしていないわ」

「時間はとらせないので。場所もあなたのいい所まで行きますから」

俺がもう一度誘いの言葉を発すると、女は少し考え込むように黙り込んだ。

こちらから場所を指定しなかったのは、警戒されないようにするためだ。

街で会った若い男が、場所を指定して「会いたい」と言っても、怪しまれるのがオチだ。

女の指定するところに出向くということで、女は安心するし向こうの出方も分かる。本気で女が俺のことを怪しんでいたら、一人では来ないだろう。

そうやって本当に「誘っても大丈夫な女」なのか、様子を伺うのだ。

「あなたのお家は表参道の近くなの?」

「すぐではないけど。20分ぐらいで行けますよ」
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