恋するために生まれた
俺はちょこちょこ
会社帰りにそのバーに
立ち寄るようになっていた。



「今日も遅いのね」

妻の言葉に良心が痛んだが
何もやましいことがあるわけじゃない。
このくらいの息抜き、いいじゃないかという気持ちだった。





「こんばんは」

バーにはたびたびナオが来ていた。



「いつもお一人ね」

「ナオこそいつも一人じゃないか」

「ふふふっ…それもそうね」



ナオは楽しそうに笑って
ウイスキーを一口飲んだ。
ナオは意外と酒に強い。



こんなに美しいナオが
どうしていつも一人でバーにいるのか。
俺には不思議だった。



「デートの予定もないの?」

からかうように言ってみると
ナオは挑戦的な目をした。


「誘ってるの?」

「いや、左手の薬指に
 リングがあるからさ」


リングを右の人差し指で
そっと撫でながら
ナオは抑揚のない声で言った。



「彼氏はいないけど夫がいるの」

「そう」

「家に寄りつかない夫が、ね」
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