白き砦〈レイオノレー〉
 黄昏の薄日を受けて、エレオノールは目を醒ました。

 そこは見慣れない寝台の上であった。

 鮮やかな光沢を放つ錦織の布が、天蓋から寝台を覆うように垂れている。

 エレオノールはびっくりして、ガバッと跳ね起きた。
 
 胸許に手を触れると、華やかなヴェネチアンレースを襟にあしらった、手触りのよい夜着を着せられている。

「誰がこんなものを?」

 エレオノールはうろたえて、天蓋の覆い布を両手で一気にはねのけた。

 と、サイドテーブルで焚かれていた香の煙がどっとなだれ込んできた。

 その煙を吸い込んだ途端に、目の前の景色がぐにゃりと歪んだ。

 頭がくらくらっとして、天地が定かでなくなるような、奇妙な感覚に襲われた。

 エレオノールはまろぶように寝台から降りた。

 まわりはしんとしている。

 テラスへと通じる窓から射し込む明かりで、部屋の様子がぼんやりと見えた。

 そこはさして広い部屋ではなかったが、今まで目にしたどんな部屋よりも瀟洒(しょうしゃ)な造りであった。

 荘厳で重厚な造りが主流であったこの時代の様式に較べると、壁や柱は柔らかな曲線に飾られ、調度も華奢で美しい。

 寄せ木の床に敷かれた絨毯には、見たこともないような異国の風景が、きめ細かに織り描かれている。

「ここはどこだろう……」

 エレオノールは呟いて、ここに至った経緯を思い出そうと努めた。

 が、何としても馬の蹄に掛けられたところまでしか思い出せない。

「ここはまだパリの近くだろうか。いったいどうしてこんなところへ来てしまったのだろう……」

 ふと目を向けると、紫檀の透かし彫りの衝立に、目にしみるような青繻子のローブが掛かっていた。

 こんな薄い夜着一枚ではとても逃げ出せないと思ったエレオノールは、ローブを手に取り身体に羽織った。

 それはまるで彼女のためにあつらえたもののように、丈も大きさもぴったりだった。
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