臆病者の逃走劇
「……ずっと、好きだったの…」
ようやく、言えた。
怖くて言い出せなかった言葉。
私を抱きしめる腕に、力がこめられるが分かる。
「好きだから、怖かったんだよ…」
「うん」
「だから、逃げちゃったの。…ごめんね」
「いいよもう」
私は、こんなに優しい男の人の声を、今までに一度も聞いたことがない。
ぎゅっと抱きしめられていた腕の力が緩んで、そっと見上げると東条くんと目が合う。
東条くんは私の後頭部を引き寄せていた手で私の目元に浮かぶ涙を拭った。
そして目を愛おしそうに細めて笑う。
「もういいから、謝んなくて」
「東条くん…」
「もう泣くのもやめて。あの時みたいに、笑えよ」
「……うん」
そう、もう泣くことなんてなにもない。
ただ今は目の前にいるこの人が愛おしすぎて、泣けるだけ。
泣き笑いで頷いた私のおでこに、東条くんは優しく口付けた。