臆病者の逃走劇
「でも、俺…たった触れるだけのキスに幸せを感じたの、初めてなんだよ」
「え?」
「こういうキスは餓鬼くせぇと思ってたはずなのに、すげぇ今満足してる。だからお前は何も気にすんな」
包み隠さない言葉で気持ちをぶつけてくる東条くんに、こっちが戸惑う。
だけど、言ってること、分からないでもなかった。
私の場合ほかに比べる対象なんてないから、そこまで分かってるわけじゃないけど。
…ただ唇を重ねているだけなのに、そこに言葉はないのに、想いが繋がった気分だった。
その甘さに、酔ってしまいそうになった。
「…そろそろ帰らねぇとな」
「あ、…そうだね」
もうさよならしなくちゃいけないことが、寂しくなった。
それが顔に出ていたのか、東条くんが優しく笑う。
「また明日も。…いつでも会えるんだから、そんな寂しそうな目すんな」
「うっ…!」
「早く戸締りして帰んぞ」
「…うん」
……その帰り道、どちらからでもなく、そっと手を繋いで帰った。
あれだけ臆病だった私が嘘みたいにいなくなって、今すごく幸せだった。
その鍵をといてくれたのは、彼。
大好きな、隼人くん。
隣を歩く彼を見上げて、私は笑った。
臆病な私、 …ばいばい。
okubyoumononotousougeki.end.10/19