臆病者の逃走劇


「でも、俺…たった触れるだけのキスに幸せを感じたの、初めてなんだよ」

「え?」

「こういうキスは餓鬼くせぇと思ってたはずなのに、すげぇ今満足してる。だからお前は何も気にすんな」



包み隠さない言葉で気持ちをぶつけてくる東条くんに、こっちが戸惑う。

だけど、言ってること、分からないでもなかった。

私の場合ほかに比べる対象なんてないから、そこまで分かってるわけじゃないけど。


…ただ唇を重ねているだけなのに、そこに言葉はないのに、想いが繋がった気分だった。

その甘さに、酔ってしまいそうになった。



「…そろそろ帰らねぇとな」

「あ、…そうだね」



もうさよならしなくちゃいけないことが、寂しくなった。

それが顔に出ていたのか、東条くんが優しく笑う。



「また明日も。…いつでも会えるんだから、そんな寂しそうな目すんな」

「うっ…!」

「早く戸締りして帰んぞ」

「…うん」




……その帰り道、どちらからでもなく、そっと手を繋いで帰った。

あれだけ臆病だった私が嘘みたいにいなくなって、今すごく幸せだった。

その鍵をといてくれたのは、彼。


大好きな、隼人くん。


隣を歩く彼を見上げて、私は笑った。




臆病な私、 …ばいばい。





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