【鬼短2.】鬼売り
渡貫とは、お桐の家の姓。
つまり、もう一方のお侍はお桐の父だったのでした。
(父上様…まさか父上まで、私の事を厭うていらっしゃるの…?)
生唾を飲んだお桐の前で、父は板橋様に頭を下げ、
『お陰様にて、病ひとつせず…輿入れの日を待ち侘びているようにございまする。』
そう言いました。
板橋様は恰幅の良い腹を撫でながら、ふむふむと満足そうに笑いました。
『それは何より…愚息も婚儀を待ち侘びておる。』
父はまた深く頭を垂れました。
『まことに、ありがたきご縁をいただき、娘は幸せ者でござる。
―あれは、実母も同衾もない憐れな子でござりまするが、継母がしっかりしたおなごで…親馬鹿ではありましょうが、よく出来た娘に育ててくれました。
何卒、可愛がってやってくだされ。』
父は、本当にお桐を溺愛しているようで。
―お桐は、ほっと胸を撫で下ろしたのでした…。
板橋様は深くうなずいた後
扇子で膝をぽんと打ち、口を切りました。
『さて。……そろそろ例の件の話をしたいと存ずるが?』
そう言われ、父はさっと背筋を伸ばした。
『抜かりなく、事は進んでおりまする。』
…今度は何の話だろうか。
お桐は、ますます好奇心を掻き立てられ、二人のやり取りに耳を済ませました。