かえりみち
「教授、まだ心の準備が」
またしても春樹が、卓也を勝手に代弁している。

「いいから阿南、弾き始めなさい!」

うーん、これが限界だな。
そろそろ始めないと、気難し屋の早乙女はどう暴走するか分からない。

「タク、行くぞ」
春樹は小声で、卓也にささやいた。

震える手でどうにかチェロに弓をのせて、卓也がうなずいた。

春樹は祈る気持ちで、前奏を弾き始めた。
6拍の短い前奏を、できるだけゆっくり弾いた。

頼む。卓也、弾いてくれ・・・。

卓也は必死に弓を動かそうとするが、力が入らずに乾いた風のような音がするだけ。
その音も、春樹の伴奏に打ち消されてしまった。
弦を押さえるはずの左手も、ネックごとわしづかみにしてしまっている。
震えが止まらず、体が全く言うことを聞かない。

「やめ!最初から」


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