かえりみち

由紀子が戻ってきて、幸一の隣に座った。

「はあ!ちょっと運動した」
「卓也、相変わらず下手だな」
「フ!そうなのよ、まず石の選び方がダメなのよね、あの子」

卓也はおとなしくなったガスパルを連れながら、水際で石を探して歩いている。

一瞬の沈黙の後、由紀子が口を開いた。

「まるで、歩が帰ってきたみたいね」

心を探られたような気がして、幸一は少しドキッとした。
さすがは長年連れ添った妻。
僕と同じ事を考えているなんて。

「・・・そうだね。卓也と初めて会ったときね、直感したんだ。この子、歩だ!ってね」

由紀子が微笑んだ。
「あなた、前から言ってたものね。歩が死んだ気がしないって」

幸一は無言でうなずいた。

そう、歩はどこかで生きている。
僕は14年間、心のどこかでそう信じてた。

だって・・・
歩が死んだなんて、絶対に嫌だから。
理由はそれだけで、十分だ。

「歩は生きてるよ、やっぱり。・・・ね、あの子が本当に歩だったら、どうする?」

考えただけで、嬉しさで叫びたくなる。
そしたら、僕は14年分、歩を抱きしめてあげる。

日が沈み始めている。
卓也とガスパルの黒いシルエット。

「そうね・・・どうしよう・・・」
「どうしようか・・・」

幸一は、幸せな妄想に浸っていた。
太陽は沈み始めて、少しずつ暗くなっていた。
由紀子の顔が陰ったのに、幸一は気づかなかった。



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