―White Memory―
「髪、綺麗だよね。」
驚いた。
うっかり指を切ってしまうところだった。
だけど、赤く染まるのはリンゴだけでいいはずだ。
「…そうかな?」
高鳴る胸を抑え、切ったばかりのリンゴを彼に手渡す。
灯吾はいつものように「ありがとう」と言って、あたしが差し出したリンゴを受け取った。
「うん、綺麗だよ。染めたりとかしないの?」
「………、」
「…聖華さん?」
半分になったリンゴを持ちながら突っ立ってるあたしを、灯吾は不思議そうに見上げる。
心の中でゆっくり息を吐いて、再びリンゴにナイフを入れた。
「染めるのは嫌いなの。」
そう答えたあたしに
彼は目を丸くして続ける。
「どうして?」
「…だって、染めたらまた染めなくちゃいけないでしょ?」
――付き合い始めた頃。
“染めようかな”とぼやいたあたしに、灯吾はあたしの髪を自分の指先に絡ませて言った。
『もったいないよ。こんなに綺麗なのに。』
そんな他愛のない会話を、あたしは真に受け、守り続けてきた。
灯吾が、褒めてくれたこの髪を。
「だから、染めないよ。」
変えてしまうことは、出来ないんだ。