心の距離
事務所の扉の前で大きく深呼吸をし、扉をノックした後、ゆっくりと扉を開けた。

「お疲れ様です」

ニッコリと笑いながら言ってくれる、ずっと求めていた彼女。

緊張のあまり目を合わせられず、震える手で報告書を渡した。

「あ…あの…これ」

「あ、ありがとうございます。具合悪いんですか?顔赤いですけど…風邪ですか?」

「いや…あの…俺の事、覚えてませんか?」

「すいません…何処かでお会いしましたか?」

彼女の何気ない言葉に、足元から崩れ落ちていく感覚に襲われた。

所詮、自分は何十人居るかわからない数の常連客の一人。

自分にとっては特別だが、彼女にとってはただの元常連。

残酷過ぎる現実に、うつむきながら小さな笑いがこぼれ落ちた。

「…あれ?もしかして、のど飴のお兄さんですか?」

…!?…

言葉に驚きながら顔を上げ、呆然としている彼女に笑顔で告げた。

「そう。サービス玉で大爆発した、のど飴の男です」

「あ!あの時はすいませんでした!」

「あの時?」

「ひろちゃん、凄く弱い子で…名前も知らない人に携帯教えるとか信じられなくて…ずっと変な事したんだって思ってました!本当にごめんなさい!」
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