たとえばそれが始まりだったとして


「それこそ有り得ないよ! 無理矢理ちゅーした人をどうしたら好きになるっていうのさ」

「小春ちゃん相変わらず手厳しいね……。今のはグサッときたよ」

胸に手をあてて大袈裟なくらいよろめいてみせる。すると彼女が白けた目を向けてくるものだから、俺は苦笑するほかない。やれやれ、失った信用を取り戻すのも簡単ではないようだ。

「冗談だよ。それで、あれって何なの? 俺に用があるんだよね」

改めて問うと、彼女はきっと表情を引き締めた。

「うん……。あたしさ、この前眞鍋君に告白された時、なんだかんだで曖昧にしちゃったから、一応ちゃんと返事しなきゃと思って。……ごめんなさい」

そう言ってぺこりと頭を下げた彼女に、俺は何て言葉を掛ければいいのかわからなかった。

「ふー。これですっきりしたよ。実はずっともやもやしてたんだよね、だって金曜日はなんか不完全燃焼って感じだったし。眞鍋君が一方的に話して帰っちゃうからだよ?」

頭を上げた彼女は晴れ晴れとした表情を浮かべていた。でも、彼女の発言を聞いたせいで俺の方こそ不完全燃焼のような気分になった。

「……小春ちゃん、別にさあ、あの告白は嘘だったんだよ? 言ったでしょ、小春ちゃんが好きとかそういうんじゃなくて、桐原に対する当て付けだって。なんでわざわざ改まって返事をする必要があるの?」

俺のなかでは金曜日のあの時間、既に終わったことなのだ。怒られるならわかるけど、こういう形でぶり返されるのは、正直あまりいい気はしない。

「うん? あたしが言いたかったから言ったの。眞鍋君だって言い逃げしたじゃん。それと、自分なりのけじめだから」

そう言って、彼女はあっけらかんと笑う。

「……けじめ」

けじめという単語に反応してしまうのは、あの時彼女が別れを告げた時に口にした言葉だから。今目の前に佇む彼女は、何に対してけじめをつけたのだろうか。

「小春ちゃんのけじめって、なに?」

気になってたずねると、彼女は困ったような顔になる。

「言わなきゃ、だめかな?」

そこでピンときた。
そもそも、俺に返事をすることがけじめなのだから、ちょっと考えれば自ずと答えは見えてくる。

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