たとえばそれが始まりだったとして
俺が彼女と桐原のことを訊ねると、今度は赤くなったりせず曖昧に笑って誤魔化すから好きじゃないのかなという考えが一瞬浮かんだけど、すぐにその考えを打ち消した。彼女の気持ちもまた、疑う余地はない。公言しないのは彼女も思うところがあるのだろう。言ってくれればいいのにとは思っても、言及するつもりはなかった。
時間にしたら、二十分にも満たない。一度目は偶然を装って、二度目は確かな悪意を持って意図的に、そして三度目にして初めて彼女とまともに話をした気がした。
桐原は、こんな時間を三週間近く前から毎朝味わっているのかと思ったら、ちょっとだけ、羨ましくなった。
予鈴が響き、この時間の終わりを伝える。
「あ、最後にひとついいかな?」
階段に足を掛けたまま、彼女は顔だけ振り向いて言った。
「うん、なに?」
「眞鍋君はさ、桐原君に対する当て付けであたしに近付いたわけだよね? あたしが眞鍋君を好きになるようにしたかったならさ、何でメールだったの? こう言っちゃなんだけど、数日メールしたくらいで相手を好きになる人なんていないと思うよ?」
どきりと心臓が跳ね上がる。最後の最後でそうくるか。本当にこの子は……。
「ああ、そのことね。単に優先順位の問題だよ。俺も暇じゃないからさ、生活を崩してまで小春ちゃんの相手をしようとは思わなかったの。それに下手に関わって本気で惚れられても後々面倒だしね」
笑ってそう言えば、彼女は呆れたような顔をして階段を下りて言った。
「……はあ」
無意識に溜め息が出た。
次にぎこちない笑みが浮かんだ。
「ふふ、なんでって、ね。俺にだって雀の涙くらいの良心はあるよ。そりゃあ、桐原のこと滅茶苦茶嫌いだったけど」
誰もいなくなった踊り場でポツリと呟く。
まさか言えないでしょ。
悪役は悪を演じきらなくちゃ。
事が済んだ後一番困るのは彼女。これでもなるべく被害が広がらないよう配慮したつもり。まあ、その甘さが結果的に計画の穴になったわけだけど。つまりは最初から本気じゃなかったってことなのかもしれない。