私、海が見たい
車の中に入り、運転席に座ると、
恵子からもらったさくら草の香りが
ほんのりと、車内一杯に、あふれていた。
「ん?」
中村は最初、何の香りか、わからなかった。
しかし、恵子から、
さくら草をもらったことを思い出し、
「車の中にいる時はわからんかったけど、
一度外へ出てみたら、
さくら草の香りがようわかるわ」
中村は、後部座席においてあった
さくら草の鉢を手にとり、引き寄せた。
すると、鉢の中にあった水がこぼれて、
中村のズボンの上に落ちた。
「わっ」
「あら、大変」
恵子はあわててバッグから
ハンカチを取り出し、中村に差し出した。
「ごめんなさい。
水が入ってるなんて、知らなかったわ」
「いや、大丈夫や」
中村はそのハンカチを受け取り、
ズボンを拭いた。
桜草の香りを嗅ぎ、
恵子の顔の前に鉢を持って行く。
恵子も香りを嗅ぎ、微笑んだ。
中村は、花をまた、後部座席に戻した。
そして、車をスタートさせ、
駐車場を出て海岸寺を後にした。
「この道は海岸沿いにあるから、
海がよく見えると思うよ」
車はまた、海岸線を走って行く。