私、海が見たい
ガーゼの、かわいい絵のついた
子供用のハンカチを見ていると、
自然と涙が出てきた。
中村はハンカチを両手で握りしめ、下を向き
両手の間に頭をうずめた。
そして、歯をくいしばり、
声を立てず泣いた。
しかし、泣くまいとすればするほど、
悲しみは、大きくなっていった。
頭が膝まで下がってゆく。
嗚咽が漏れる。
いくら歯を食いしばっても、
声を止める事は出来なかった。
中村の中を、想い出が巡っていた。
特に、恵子と別れた後の想いが、
何度もよみがえってきた。
いつかはまた、
一緒になれるかも知れないという
はかない望みが、今、打ち砕かれたのだ。
恵子には、子供がいる、幸せな家庭がある。
考えまいとしていた事実を、
握り締めたハンカチが、明らかにしていた。
しばらく泣いたあと中村は、
下を向いたまま、
ゆっくりと手をたたき始めた。
ハンカチがふわりと、手から落ちる。
中村は、自分に言い聞かせるように、
つぶやいた。
「終わった…………。
ようやった。お前はようやった。
今まで、ようやったやん。
もう、ええやろぅ?次へ行こぅや」
中村は、ゆっくり手をたたき続けた。
ようやく中村は、全てを受け入れた。
この家庭を壊してはいけない、
この子を不幸にする事は出来ない。
もう恵子は、手の届かない所にいるのだ。
子供の存在の意味が、中村に、
事実を受け入れさせた。
懐かしい音楽が流れている。
確かにその曲は、
今までとは違う、聞こえ方をしていた。
そして、スピーカーの上のさくら草だけが、
今日あった事が、事実だと示していた。