私、海が見たい
ソファに腰を下ろし、
大きく後ろにもたれかかると、
尻のほうに違和感があった。
尻のポケットを探ると、
先ほどのハンカチが出てきた。
ポケットの中で、くしゃくしゃになった
そのハンカチを、広げてみた
中村は、そのハンカチを見て、驚いた。
女物の柄のハンカチだとばかり
思っていたのだ。
しかしそれは、ガーゼのかわいい絵のついた
子供用のハンカチだった。
しばらく、それを見ていた中村。
ハンカチを見ながら、中村の頭には、
様々な事が浮かんできた。
恵子が産院のベッドで
赤ん坊を抱いている。
横で後姿の夫が見ている。
夫に笑いかけた後、
幸せな笑顔で子供を見る恵子
2歳の子供を間に手を繋ぎ、
ブランコのようにして歩く
恵子たち夫婦、三人の後姿。
恵子がうつむき、子供に笑いかける。
そのハンカチは、考えまいとしていた、
恵子の家族の存在を示していた。
あの時、恵子に家族の事を聞いたのは、
話のきっかけが欲しかっただけで、
家族のこと、特に夫の事には、
何の興味も無かった。
ただ、恵子の声が聞きたかったのだ。
恵子の笑顔が見たかったのだ。
しかし、そのハンカチは、
恵子の今を、中村に突きつけたのだった。
恵子の言った事が、事実だと、
中村に、教えていた。
そしてそれは、中村に、
時の隔たりをも、思い出させた。
(もう恵ちゃんは、
昔の恵ちゃんじゃないんだ……)