私、海が見たい

恵子の実家の前に立った中村は、
チャイムを鳴らした。

「はい」


中からすぐに、恵子の声がした。

玄関の扉を開けると、
恵子の真剣な顔がそこにあった。

「来てくれて、ありがとう。

 ちょっと待ってね。
 母を呼んでくるから。
 座敷で待ってて」


中村は、黙ってうなづき、
玄関をあがっていった。


座敷に座って待っていると、
襖が開いて恵子が入って来た。

その後ろから、
寝ていた所を起こされたのだろう、
パジャマの上にガウンをはおった、
孝子が出てきて、中村の前に座った。

「まあ、まあ、よく来てくれました。
 ありがとうございます」 


孝子はもう半泣きになっている。

「私はもう、
 うれしゅうて、うれしゅうて……。

 あなたの家の前を通るたびに、
 あなたを思い出していたんですよ。
 それでいつも、なんであなたと一緒に
 ならなかったんだろうって、
 思ってたんですよ」


恵子のほうを向いて、

「この子は、ここに帰ってくるたび、
 悲しい顔をしていまして。
 それで、私共も、つらくて……」


目頭を押える、孝子。

「でも、あなたのおかげでようやく、
 この子にも笑顔が戻りました」


中村が恵子を見ると、恵子は、
穏やかな笑顔でこちらを見返している。

「最初、この子から、
 話を聞かされたときは、
 びっくりしました。でも……、
 子供のことも承知だと言いますし、
 私も、この子の悲しそうな顔を
 見るのがつらいですから、
 あなたの優しさに甘えさせて
 もらうことに致しました……

 どうか、よろしくお願い、致します」


恵子のお母さんは、中村の前に両手をついて
深々と長いおじぎをした。

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