私、海が見たい

中村は、恵子が落ち着くのを待った。

「御主人はその事、知ってんのんか?」


「いいえ。あの人は、
 私が何を考えているかなんて、
 全くわからないでしょうよ。
 私があの人に
 合わせていただけなんだから。

 私がこんなこと考えているなんて、
 きっと想像もつかないでしょうね」


恵子の声が、次第にハッキリしてきた。

そして、もう泣いてはいなかった。

「あなたに恨み言を言おうとして
 電話したら、
 こんな風になっちゃったの。
 言うだけのことを言ったら帰って、
 またもとの生活に
 戻ろうとしたんだけど」


恵子が顔を上げ、胸を張り、

「でも、今はスッキリしたわ。
 私もようやく決心がついたし」


恵子はまた大きく息を吸い、
ゆっくり吐き出した。

(もう、後戻りは出来ない)

中村は、障害に、偏見は無かった。

TVで見ても、大変だなあとは思うが、
一人の人間であるという考えに、
ブレは無かった。

むしろ、差別する人間に、
嫌悪感を覚えたりもした。

中村は、腹をくくった。

「で、これからどうする?」


「私、家の人に話してみる。
 帰るのも、少し先に延ばすわ。
 これから母とも相談してみる」


「俺がいなくても大丈夫か?
 もしなんやったら、
 俺も一緒になって
 お母さんに話そうか?」


「ありがとう」


「じゃあ、今からそっちへ行くわ」


「ありがとう」


中村はゆっくり受話器を戻した。

時計を見ると、もう12時を回っていた。

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