自分探しの旅
 「A氏は四〇代半ばのカメラマン。極度の不眠症に苛まれて、様々な治療法を試してみたそうだが一向に良くならないという。そこである心理療法所を訪れた。そこでは催眠によって過去の自分へと退行し、幼児体験で受けた心のキズを見いだし癒すといった治療が行われていたんだ。そして場合によっては、前世までさかのぼることもある。つまりそれが『前世療法』ということになるんだよ。A氏の場合は、前世まで退行していった。そしてたどり着いた前世は、信長によって焼き討ちされた比叡山延暦寺に立てこもっていた僧侶だった。あたり中が火の海。逃げまどう人々。阿鼻叫喚の中焼き殺されていった無念さが今のA氏に不眠症という形で蘇ってきんだ。・・・と、ここまではよかった。」

 龍仁は、たばこの灰を灰皿へポトンと落とすと話を続けた。

 「問題が非業の死を遂げた無念さにあるとしたら、その無念さを晴らすような心の癒しを与えればそれで済む。そこでそのセラピストは、A氏へ心の癒しを与え続けた。炎で焼け死んだのだから、水をイメージする癒しをね。滝に打たれ浄化していくイメージを誘導した。結果はどうだったか。・・・良くなるどころかますます症状は悪くなり、火事で焼け死ぬ幻覚まで見るようになってしまったんだ。」
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