自分探しの旅
「どうしてですか?」

 ブラインド越しに見える窓の外は、すっかり暗くなっていた。龍仁が吸ったたばこの炎が明るく見える。

「実はA氏は仲間を裏切って、織田の『間者』つまりスパイになっていたのさ。」

 龍仁は、たばこの火を見つめながら続けた。

「織田軍と内通していたA氏は役目を終えたら首尾良く逃げるつもりだった。ところが織田側の裏切りに合い、焼き殺されてしまう。仲間を見捨てて自分だけ助かろうとしたそのことが、心の負い目となって現世に現れたんだ。そこに水による癒しを与えればどうなると思う?『自分だけ助かろうとしている』というトラウマをますます助長することになってしまう・・・だから前世療法はむずかしいんだよ。」

「なぜ、そのセラピストはそこまで見抜けなかったんですか。」

「心の扉を開けるには本人の同意が必要だってことだよ。A氏にとっては誰にも知られたくない過去だった。触れられたくない扉に自ら鍵をかけてしまったんだ。」
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