自分探しの旅
龍仁の書斎だというその部屋はオフィスの一番奥にあった。京介は、夜のバラエティー番組でタレント相手に催眠術をかけていた龍仁を見たことがある。龍仁のかけ声でタレントは、鳥になったり石のように堅くなったりしていた。今から行われようとしていることはそうした気楽さとは全く無縁だった。少なくとも京介は、手術室へ向かう患者の心境と重ね合わせていた。
 窓のないその部屋は寒々として、四方が本棚の本で埋め尽くされていた。エアコンのスイッチを入れ中央にあるソファーに腰掛けると、龍仁は言った。

「京介・・・一つだけ言っておきたいことがあるんだ。」

 龍仁の声の調子は、これから手術を行う執刀医が患者に話すそれだった。

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