「さようなら。」は桜いろ
しばらく同じ時間が続くと、火にかけていた鍋の湯が沸騰し、蓋がカタカタと音を立てている。

「お母さん、お湯沸いてるよ?」
と早紀が母親に言うと母親は

「お湯?あ、鍋ね。」
と言いながら台所に向かい、火を止める。

(やっぱり何か変。)

そう思った早紀は、台所の前で立ち尽くす母親の背中をずっと見ていた。
しばらくの沈黙のあと、母親はこちらを見ようとはせずに

「ねぇ、さっちゃん。」
と呼び掛けた。

「なに?」
と早紀は返事をした。

「もしも、もしもよ?もうお父さんと暮らせなくなったら、どうする?」
と母親は言った。

「どうするって、どう言う事?」
あまりの唐突な母親の質問に早紀は混乱した。

(なんで?どうしてお父さんと暮らせなくなるの?なんで?)

と疑問符だらけの頭の中を押し退ける様に早紀は母親に質問した。
母親はまた押し黙ってしまった。
早紀はその沈黙がイヤだった。

何か言って欲しい。
何かの冗談であって欲しい。

そう思いながらも早紀はずっと、母親の背中を見つめる。
しばらくすると、母親の後ろ姿が震えている事に気が付いた。
「お母さん、泣いてるの?」
と早紀は母親に問いかけた。
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