【天の雷・地の咆哮】
「お、おい!何の真似だ!」
一瞬で酔いが醒めた。間違いなく、自分に向けて剣をかざしている。
腰を抜かして動けぬカークスに、アニウスはもはや同情すら覚えなかった。
「ケレスがヴェローナたちを襲いました。当然、父上の耳にも入っているでしょう。
手引きをしたのは、父上ですね?」
「な、何のことだ!」
慌てた男の手から杯がするりとすべり、床に転がる。
「豪腕のケレスですよ。あなたがニュクス妃を襲わせた盗賊の頭です。
やつが単独で城に忍び込んだとしても、妃の寝所が簡単にわかるはずがありません。
でも、やつは見張りの兵をすり抜けて、誰にも気づかれることなくヴェローナの部屋へたどり着いたんです。
まるで城の構造を熟知しているかのようにね」
アニウスは、鋭い眼光を父に向けると、一歩前に進んで、カークスの首元に剣の切っ先をあてがった。
「待て、誤解だ!確かに私が城の様子をケレスに教えたのは事実だ。
だが、襲うのはニュクスのはずだったんだ。
それを、あの馬鹿!何を勘違いしたかヴェローナなど襲いよって!」
カークスは、この土壇場においても、己の尺でしか物事を計れなかった。
すなわち、アニウスが怒っているのは、
出世の道具であるヴェローナとマルスを失うところだったことに関してだと。