紅芳記
「…そのことと、貴女様が先程申されたことは関係ございますまい。」
ようやく絞り出された言葉で、私は『奥方様』とは呼ばれませんでした。
「そうとも限らぬぞ。
よほど己の身分に自信がなくば、あのようなことは出来まいて。」
「ちっ…」
この女、今舌打ちを…!
腹の底から黒い感情が込み上げてく来ます。
「少し、お控えなされ。」
私は出来る限り落ち着いた声で言いました。
すると、夢の御方様は懐に手を入れ何かを取り出そうとしました。
一体何をするつもりか。
予測する隙も与えぬ間に夢の御方様は懐剣を取り出し、
「もう我慢ならぬ!
この小娘、徳川が押し付けてきただけの身で、付け上がりおって!!」
と振りかざしました。