紅芳記

「紹介しよう。
石田、治部の少殿じゃ。」

「お初にお目にかかります。
真田伊豆守が妻、小松にございます。」

「これはこれは…。
ん、貴女様は先程、三条河原に…」

三成様も私に気付かれたようです。

「はて…」

私はあえて、白を切りました。

「いや、申し訳ない。
三条河原の柵の前に、似たような方がいらっしゃったので。」

「ははははは!」

それに、殿が笑い出されてしまいました。

「殿?」

「いや、すまぬ。
さすが治部殿じゃと思うてな。」

「やはり、伊豆守殿の御内儀であったか。」

「こやつは、己の目で見たものが全て故な。」

殿が冗談めして申されたので、私も冗談混じりに言い返しました。

「それは、悪うございました。」

「ははは、すまぬすまぬ。」

「はは、お強いお方だ。」

「で、じゃ。
治部殿。
太閤殿下はどうなのじゃ。」

殿が一転して真面目なお顔になり、私も気を引き締めました。

「駄目じゃ。
私はおろか、誰の言葉も届かぬ。」

「そうか…」

「今度の事も、私はもちろん、政所様や内府様(*徳川家康)もお諌めしたが…。
無駄であった。」

「…そうか。」

「太閤殿下は、最早お拾様しか見えておらぬ。」

「…治部殿。」

そうか、あの悲劇は、太閤殿下のみのお考え。

皆、太閤殿下を御止めしたのですね。

…では、もう、太閤殿下は、いえ、豊臣家は穴だらけなのではないでしょうか。

太閤殿下という、豊臣家の軸が、お拾様に盲目では…。

ああ、これからまた天下が乱れてしまうのでは。

そんな不安が重なった為でしょうか、急に吐き気が襲って参りました。

「う…っ。」

思わずその場にうずくまり、懐紙を出して口元に当てました。

「小松?
如何した!?」

「奥方殿?」

二人とも、心配そうにお声掛け下さいます。

「ふ、ふじを…」

ふじを呼んで下さるよう頼み、急ぎふじが駆けてまいりました。

「治部殿、しばし失礼致す!」

「ああ、大事なきように。」

「お殿様、こちらでございます!」

殿に抱き抱えられて運ばれ、部屋に寝かされました。


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